| 井山 直子 | ||||||||||||||||||
| ◆四年越しの夢◆ | ||||||||||||||||||
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フラメンコを学んでいる人にとって、本場のスペインで学びたいというのは共通の願望だと思う。私もよく分からないながらも、漠然と、将来絶対スペインへ留学するぞ!と心に決めて、それを目標に、仕事をしてお金をためていました。 |
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>>vol.1 異国! |
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| セビージャに住んで一ヶ月ここは、生活リズムが日本と全く違います。
2時から5時くらいまでのシエスタの時間は、ほとんどの店が閉まり、通りには旅行者がぱらぱら通っているくらいです。夜は10時半すぎくらいにようやく日が落ちてくるので時間の感覚がめちゃくちゃです。(一回シエスタでねているし…)フラメンコのクラスはどこも日本人が沢山いるし、city bankやインターネットカフェでも日本語が使え、住みやすいです。お米もこちらのもので、おいしく炊けるので不自由しません。食べ物はすべてとてもおいしく、とても安いです。外食は、よほどのことがないとしませんが、おまけほしさに、今日、マクドナルドのハッピーセット(happy meal)を買ってしまった。お国がらのせいか、日本のマックのおもちゃの2倍くらいデッカイです。今のおもちゃは、映画とのタイアップで、くまのプ−さんのぬいぐるみです。余談ですがアイスはどこの店も300ペセタくらいでとても高いのになぜか、マックではソフトクリームが50ペセタでかえます。一回たべてみたら、ちゃんとおいしかったです。こちらでもポケモンが人気で同じフラメンコのクラスの、すごくうまいスペイン人の女の子の腕時計もポケモンのイラスト付きでした。その他テレビでは、朝、セーラームーンをやってぃます。(なんのこっちゃ!)7月に入りどこの店もrebajasで30%から50%くらいまで値下げしています。エルコルテイングレスもはりきって一週目だけ、日曜日も営業していました。(通常日曜日は飲食店を除く全ての店はお休み) 治安は、スリが多く友達が2,3人やられています。 フラメンコの練習もとても楽しいです。ほとんどの教室は基礎練がなく、振りではじまり振りで終わるので、自習がとても、とても重要です。 また、練習以外のときも、(例えば)語学学校の皆で飲んでいる時などnao!baila!venga!とよく言われ、そんな時もブレリアを踊ります。まだ言葉でうまく コミュニケート出来ない私にとって踊りは大切で、皆驚くけれどとても喜んでくれるし、仲良くなれます。 色々な事があったけれどあっという間の一ヶ月でした。 あ〜もう一ヶ月かぁ〜 |
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>>vol.2 [語学学校編] |
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9月に入り私の留学生活も第二ステージを迎えつつある。 6、7、8月は、とにかく毎日目が回るほど忙しかった。 語学学校とバレエの自習練とフラメンコのクラスと宿題で飛ぶように時間が過ぎていった。 そして、すごい暑さ・・・。 語学学校のクラスで日本人は私一人。 欧米の皆はある程度授業が進むと突然凄い勢いで上達する。 何時の間にそんなに喋れるようになったのー?という感じだ。 そして日を追うごとに授業は難しくなりそれに正比例して宿題も難しくなる。 フラメンコのコンサートがある夜は、宿題を持参し、待ち時間や休憩時間にやった。 分からない所は、その辺の人に聞くとよく教えてくれた。 しかし、9月はビエナルの月、もうこれ以上予定が増えたら私、倒れてしまう!!ということで、クラスを個人クラスに変更してもらい、週3回学校に行けば良いことにした。 私の先生は、とてもフレンドリーで、元気よく机の上にあぐらをかいて教えてくれる。 語学の他にトルティージャの作り方や、図書館の場所、安いお店の場所も教えてくれる。 私が絵を見る事が好きだと知ると、ダリの画集も貸してくれた。 語学学校の先生や、生徒の中では通じるのに、そこらへんのおじさんには私の発音ではまだ上手く伝わらない。これからは実践あるのみだ。 |
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[思ったこと編]
[日常生活編] |
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>>vol.3 |
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11月10日ファルキートのペーニャがマカレナであった。 カンテが始まり、会場が一気にフラメンコの空気になった。 ?ラ ペッラ!!(鞭で打つという意味)? ?プリンシペ!(王子!)? 最後のブレリアでなんと後ろのチビッコ達が全員でてきて 一人ずつ踊った。全員小さい頃のファルキートのように
すごいブレリアだった。 最後ファルキートが飛び入りのハイロ・デ・モロン?(不確か)と2人で閉めたときに は、 もう立ち直れないところまできていた。 唯一なごんだのは、トロンボがビデオ係りで、一生懸命ビデオをまわしていたことく らいだった。 あの日のことは、一生忘れたくない。 |
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セビージャ日記/フラメンコが育つ土地 |
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続々と小さいフラメンコ達が育っている。 1月5日、Reyes Magosの夜、たまたまつけたテレビで また別の日、1月18日の夜、セビージャのディスコでFamilia Farrucoの所の例の ファルーコ チーコは一部でシギリージャ、二部でソレアを踊った。 ファニートはピラールの息子で、色黒の元気な子だ。いつも”パーンッ”とした ポリートはモレーノの兄弟の息子で私は個人的に彼のファンだ。 ホセはファミリアの家系ではない。でもあの歳にしてすでにホセ ガルバンやマノロマリン ミゲルはホセの弟、小さい体でコマのようによく回る。 皆、それぞれにキラキラ光る唯一無二の個性があり面白かった。 −子供の踊りを観ているとフラメンコにおいて大切な事を発見、または思い出させてくれる。 |
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●新たな気持ち:前編 |
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| 今年に入りこの留学生活も新たな段階に入ってきた。 4月のフェリア以来、ここの人たちのフィエスタの輪のなかで踊る機会がでてきた。 驚いたことに、ルンバでもブレリアでもパレハ(2人組み)で踊ることが多い。 誰かが踊りはじめるとどこからともなくもう一人出てきて一緒に踊る。 ジャマーダをかけるタイミングや、その後どうゆう風に展開するかなど、 相手がどう出るかによって変ってくるし、初めは戸惑ったけれど新鮮で面白い! それにしてもなんて自然に踊るのだろうここの人たちは…。 5月の19日 クラスの皆でウトレラ(地名)でギタリストのアントニオ モジャとマリー カルメンの結婚パーティーに行った。A モジャはフランスの人らしいが、M カルメンはヒタ−ナだ。 だだっ広い学校食堂のようなところでまず飲んだり食べたりして夜中の2時(貞かではない)くらいから、机がかたずけられ、フィエスタがはじまった。 響き渡る歌の輪の中、ビデオ「栄光の婚礼」のように、花嫁と花婿が人々に担がれる。 そして次の瞬間思いもしない光景を目にした。 花婿の着ていたYシャツを皆で一瞬にしてビリビリ引き裂いて剥ぎ取るのだ。 そして剥ぎ取った布を各自腕に巻いたり首に巻いたりして身につけるのだった。 さながら、ピラニアの池におちた餌食のようだった。 ヒターノの世界はまだまだ奥が深いのだった。 花婿は服を着ると直ちに担がれ、直ちにまた丸裸(上半身)にされるので大変そうだった。 広いスペースに踊りの輪ができる。 若い人達の輪はエネルギーを大発散していて、少しうるさかったので、その場をはなれ、落ち着いた輪の中に入ってみた。 するとなんと!ペパ デ べニートが歌っていた。 私は彼女の歌が大好きだ。 聴いていたら輪の中心に踊り出た人がいた。カルメン レディスマだった! ミゲル バルガスが1才の息子を抱っこしながらブレリアを踊り、ペパ デ べニートが踊ったとき、エスぺランサ フェルナンデスが歌った。 私は幸せを感じた。 このすごいメンツに輪が大きくなり、それを見た若い集団がのりこんできてまたうるさくなったのでふたたび場所を移動した。 すると赤ワイン片手に、コンチャ バルガスがブレリアを踊っているのを目撃! ole!!! もう朝の5時くらいで私はほとんど意識が朦朧としていたので椅子に座って寝ていた。 誰かに起こされたので(あぁ、仮眠室に連れていってくれるんだ!)と思ってめをあけたら、友達のカルメンが、“ナオコ、踊れ!”といっていた。 わけもわからぬままむりやりひっぱりだされ、わけもわからぬまま一踊りした。 楽しかった。そして目も冴えた。 結局帰ったのは、翌日の朝8時30分くらいだった。 私は去年の6月からずっとコンチャ バルガスのクラスを受け続けている。 初めてカルボネリア(セビージャのバルでコンチャがクラスを開いてる場所)にクラス見学した時胸が高鳴った。 この地でフラメンコを学ぶんだ、と実感した。 彼女は特別なアルティスタだ。本当にフラメンコを学ぶことが出来る貴重な存在だ。 なにより大きな愛で、生徒を包んでくれる。 自分より年上の生徒にも、“オレ!ミ ニーニャ(オレ!私の娘よ!)”とハレオをかける。 ここでの生活で悲しかったことや、ショッキングなつらい事件が起こってもカルボネリアにいけばコンチャが待っててくれて、踊りを見てくれる。 彼女に何度救われたか分からない。 今では毎日カルボネリアに行って踊ることは、コンチャへの‘本日の報告’の様な感覚だ。 こんなに長いこといて、私的なことはまだ話したことがないけれど、彼女は私のことを分かってくれている。 ある日とても悲しいことがあった時、私はそのことについて彼女に一言も話さなかったのに顔にも出してなかったはずなのに、なぐさめるように急に抱きしめてくれた。 他の生徒にも、学友である私たちがまったく気付かないのにその生徒の微妙な変化にコンチャはよく気付き、それを受け止めてくれる。 彼女の振り付けは余計なものが一切ない。それだけにどう動くかがとても重要だ。 それだけにとても難しい。‘振り’をとってからが彼女の本当の授業だ。 去年から彼女は、口癖のように、“夜のカルボネリアで、お客さんの前で躍らせる。”と私達に言っていた。 でも口癖なので本気にはしていなかった。ところが…。 ある日私がクラスにいった時、“ナオコ、今週夜のカルボネリアで踊れ!息子のクーロがギターを弾く ポーラ(レブリーハの歌を歌う歌い手)が歌う。 そして私がパルマ(手拍子)をたたく。 4人でお客さんの前でやろうと思うけど、やりたいか?”ときかれた。 突然(4日後!)のことで驚いたけれど、コンチャと舞台に立てるなんて夢でも出来ないことなので急いで、“もちろん!すごくやりたいです。”と答えた。 偶然なことにそのライブをやる金曜日は6月1日。 私が去年セビージャに降り立った日だった…。(後編へ続く。) |
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●新たな気持ち:後編 |
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| 忘れられない日だった。 私のためにすごい数の人々が助けてくれた。 あのカルボネリア(バルで今回のライブ会場)が“しーん”と静まり返っっていた。 目の前にはすごい数の人が皆、私達を観ていた。 ‘決め’の度に会場が「OLE!」と響いた。 友達のハレオが沢山聞こえた。 クーロのギター、ポーラのカンテ、コンチャのパルマとハレオがよく聞こえた。 完全に皆の愛で作られた(支えられた)ライブだった。 コンチャにライブのことを聞いてから急ピッチで準備を始めた。 クーロがソレアのファルセータを弾きはじめた。一生懸命練習していたやつだ。この |
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直子のセビージャ日記/ Y AHORA ESTOY EMPESANDO |
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| あさって、ついに帰国する。信じられない。 たった、1年5ヶ月弱の間に私は、10年分くらいの経験をした気がする。 生きたフラメンコを感じる事が出来た。毎日何か発見があった。 友達と沢山話した。フィエスタでは、歌って踊った。 街の人とも沢山話した。 バイレフラメンコは、踊りを越えた踊りだった。 ファルーコチーコが言った。 “フラメンコとは人生のことだ。いくら完璧に踊れてもそこに全身全霊をこめた強さがなかったら、何の意味もない。” クラスで皆の打つサパティアートが弱く、ばらけていたとき、こんな叫びがとんだ。 “そんな音なんか‘人生’とは言えない! ” ミゲル バルガスが言った。 “僕が一番好きな踊り手は(故)ファルーコだけど、彼のスタイルでは踊れない。 自分が彼のように踊っても少ししか感じながら踊る事が出来ない。 自分が一番感じながら踊れるスタイルは、別にあった。自分の踊りを踊る事が僕にとってより大切な事なんだ。” “フラメンコで大切なのは、サボール(直訳は[味]でもジャズでいうと、スウィング)だ。いくら凄く難しい足ができてもサボールのあるマルカール一振でそんなもの吹き飛ぶ!” コンチャ が言った。 “全身で踊るんだ!手の先から足の先まで。指、腕、顔、胴体、腰、お尻、足、足先、全部で踊るんだ!” “私は本当に沢山の愛情をもってる。あふれるほどの愛情をもってる。” 彼らは皆、クラスでカンテ(歌)を歌ってくれる。 ファルキートの歌うソレアは、今まで聞いたどのソレアよりソレアだった。彼の存在自体がソレアに感じた。 クラスのあと、「あなたのカンテは素晴らしい!」と言ったら、“ただ歌がすきなんだ。でも、ありがとう。”と照れながら言った。 ミゲルも、コンチャも本当にカンテがすきだ。そして、フラメンコが好きだ。 最近クラスで、コンチャが私に言った。 “フラメンコの道はすごくながくて、進むのに時間がかかる。ナオコ、あなたに1つ教えよう。 ahora estas empesando(今、あなたの道はスタートしてるところなんだよ。)” この留学で得た一番大きなことは、‘人の愛’の偉大さだった。そして、生活、人生、人と人との結びつき、がフラメンコ芸術の根底にあることを実感した。 素晴らしいカンテに‘Ole!’というとき、そのまま、全ての人生にたいしても、Ole!と思う。 大げさかもしれないけど、でも、この町の人々の生きるスタイルは、こうゆうもののような気がする。 そして、私も、そうゆうのが好きだ。 日本にかえって、どうなるか不安だけど、とにかく進んで行こうと思います。 では!Hasta luego! Naoko |
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